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東京地方裁判所 平成7年(ワ)10353号 判決 1998年3月30日

原告

ミネソタ・マイニング・アンド・マニュファクチャリング・コンパニー

右代表者

ゲイリー・エル・グリスウォルド

右訴訟代理人弁護士

片山英二

井窪保彦

北原潤一

林康司

同輔佐人弁理士

松居祥二

小林純子

被告

アルケア株式会社

右代表者代表取締役

鈴木克己

右訴訟代理人弁護士

石川順道

島田康男

右輔佐人弁理士

井上清子

亀川義示

主文

一  被告は、原告に対し、金二億七三四五万九五四五円及び内金二億一二九八万七四九三円に対する平成七年九月二三日から、内金六〇四七万二〇五二円に対する平成九年五月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三億九〇六五万六四九六円及び内金三億〇四二六万七八五〇円に対する平成七年九月二三日から、内金八六三八万八六四六円に対する平成九年五月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の特許権

原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。)を有する。

(一) 特許番号 第二〇二六八二三号

(二) 発明の名称 硬化性樹脂被覆シート材料

(三) 登録年月日 平成八年二月二六日

(四) 出願年月日 昭和六一年一〇月三日

(五) 出願番号 特願昭六一―二三六〇三八号

(六) 優先権主張

国名 アメリカ合衆国

出願年月日 一九八五年(昭和六〇年)一〇月四日

(七) 出願公開年月日 昭和六二年四月二一日

(八) 出願公開番号 特開昭六二―八七一六二号

(九) 出願公告年月日 平成五年九月一七日

(一〇) 出願公告番号 特公平五―六五一九三号

(一一) 特許請求の範囲 本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄第1項記載のとおり

2  本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。

A 水硬化性樹脂で被覆したシートを含む整形外科用キャスチング材料であること

B 右水硬化性樹脂は潤滑材を含有すること

C 右潤滑材は右水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、右材料を適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにするものであること

D 右潤滑材は、左記のイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むものであること

イ 硬化性樹脂に共有結合で結合された親水性基

ロ 樹脂に対して非反応性の、樹脂への添加物

ハ 樹脂と反応性であってそれで樹脂と化学的に結合するような、樹脂への添加物

E 右樹脂は、水にはっきりわかるほどの分散しないものであること

F 右潤滑材は、右の樹脂被覆されたシートの主要面において同主要面の動摩擦係数が約1.2未満となるような量で存在すること

3  被告の行為

被告は、別紙物件目録一ないし六記載の製品(以下それぞれ「被告製品一ないし六」という。)を製造、販売していた。

4  本件発明と被告製品との対比

(一) 構成要件Cの「粘着性」及び「非粘着性」の意義

本件発明の構成要件Cにおける樹脂の「粘着性」とは、本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明における従来技術の有していた問題点についての記述(本件公報五欄一一行目ないし三二行目)からすると、「ギプス適用者が、水硬化性樹脂からなるギプス(キャスティングテープ)を、水に浸けてからテープのロールを患者の手足に巻きつけることにより適用し、それが固まるまで手足によく合うように手袋をはめた手でギプス表面を滑らかにする作業、つまり成形をしている間、樹脂が右手袋に粘着することにより、テープの層が互いに引き離されてしまい、その部分を再び作り直す必要が生じるため、患者の手足にギプスを成形することが困難となる」という性状を意味する。

また、「非粘着性」とは、右のような樹脂の「粘着性」が解決された性状、すなわち、「キャスティングテープの水硬化性樹脂を水に浸けると、テープは滑りやすくなり、患者の手足にロールを巻きつけることにより適用する際、ロールは容易に巻き戻され手袋に粘着せず、また、ロールを手足の周りに巻きつけた後、ギプスをその全長にわたってこすって成形する際にも、樹脂が手袋に粘着せず、テープの層は互いに離れないので、右テープを容易に適用し成形することができる」という性状を意味するものというべきである。そして、その判断は、キャスティングテープを適用し成形する施術者の正常な触感に基づいて判断されるものであり、樹脂を適用し成形している間、ごく常識的な意味において「ベタベタ」していなければ、本件発明にいう「非粘着性」の要件を充足するものと解すべきである。

(二) 構成要件B、C、D、Fの「潤滑材」の意義

本件発明における「潤滑材」とは、本件特許請求の範囲に記載されたところによると、「水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、整形外科用キャスティング材料を適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにするもの」を意味する。

そして、ここでいう樹脂の「粘着性」、「非粘着性」の意義は、前記(一)記載のとおりであるから、本件発明における「潤滑材」とは、「キャスティングテープの水硬化性樹脂を水に浸けると、テープは滑りやすくなり、患者の手足にロールを巻きつけることによりテープを適用する際、ロールは容易に巻き戻され手袋に粘着せず、また、ロールを手足のまわりに巻きつけた後、ギプスをその全長にわたってこすって成形する際にも、樹脂が手袋に粘着せず、テープの層は互いに離れないので、テープを容易に適用し成形することができる性状をもたらすもの」を意味する。

(三) 被告製品一及び二について

(1) 構成要件Aの充足性

被告製品一及び二は、イソシアネート官能性ウレタンプレポリマーからなる水硬化性樹脂で被覆したシートを含む整形外科用のキャスティングテープであるから、本件発明の構成要件Aを充足する。

(2) 構成要件Bの充足性

①ア 被告製品一の水硬化性樹脂は、平均分子量二九〇〇から三二〇〇のポリエチレンオキサイド(以下「PEO」という。)のステアリン酸エステルを含有している。

イ 被告製品二の水硬化性樹脂は、平均分子量二九七五から三四〇〇のPEOのステアリン酸エステルを含有している。

② 被告製品一及び二は、水に浸けるとテープが滑りやすくなり、患者の手足にロールを巻きつけることによりテープを適用する際、ロールは容易に巻き戻され手袋に粘着せず、また、ロールを手足の周りに巻きつけた後、ギプスをその全長にわたってこすって成形する際にも、樹脂が手袋に粘着せず、テープの層は互いに離れないので、容易に適用し成形することができるものである。

③ 被告製品一及び二の②記載の性状は、被告製品一及び二に含有される①記載の各PEOのステアリン酸エステルによってもたらされるものであり、右PEOのステアリン酸エステルは、水に浸けるとその水硬化性樹脂の粘着性が低下し、それを適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにするという性状を有する「潤滑材」に該当するから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Bを充足する。

(3) 構成要件Cの充足性

被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれる前記PEOのステアリン酸エステルは、「潤滑材」に該当し、右樹脂の粘着性を低下させ、被告製品一及び二を適用し成形している間、右樹脂を非粘着性にするものであるから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Cを充足する。

(4) 構成要件Dの充足性

被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれる前記PEOのステアリン酸エステルは、「潤滑材」に該当し、構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むものであるから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Dを充足する。

(5) 構成要件Eの充足性

被告製品一及び二の水硬化性樹脂は、これを被覆したシートのロールを水に浸け、浸けたまま数回搾ったとき、七〇パーセント以上の樹脂組成物がシート上に留まり、はっきりわかるほど水に分散しないから、本件発明の構成要件Eを充足する。

(6) 構成要件Fの充足性

被告製品一及び二の主要面における動摩擦係数は、いずれも1.2を下回っており、このことは、被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれる潤滑材である前記PEOのステアリン酸エステルが、右の動摩擦係数が約1.2未満となるような量で存在することを示しているから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Fを充足する。

(7) 以上により、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件を全て充足するから、その技術的範囲に属する。

(四) 被告製品三ないし六について

(1) 構成要件Aの充足性

被告製品三ないし六は、イソシアネート官能性ウレタンプレポリマーからなる水硬化性樹脂で被覆したシートを含む整形外科用のキャスティングテープであるから、本件発明の構成要件Aを充足する。

(2) 構成要件Bの充足性

①ア 被告製品三の水硬化性樹脂は、平均分子量二一〇〇のPEO及び平均分子量三五〇〇のPEOを含有している。

イ 被告製品四の水硬化性樹脂は、平均分子量二〇〇〇から二二〇〇のPEO及び平均分子量三六〇〇から三九〇〇のPEOを含有している。

ウ 被告製品五の水硬化性樹脂は、平均分子量二〇〇〇のPEO及び平均分子量三三〇〇のPEOを含有している。

エ 被告製品六の水硬化性樹脂は、平均分子量二一五〇のPEO及び平均分子量三二〇〇のPEOを含有している。

② 被告製品三ないし六は、水に浸けるとテープが滑りやすくなり、患者の手足にロールを巻きつけることによりテープを適用する際、ロールは容易に巻き戻され手袋に粘着せず、また、ロールを手足の周りに巻きつけた後、ギプスをその全長にわたってこすって成形する際にも、樹脂が手袋に粘着せず、テープの層は互いに離れないので、容易に適用し成形することができるものである。

③ 被告製品三ないし六の②記載の性状は、被告製品三ないし六に含有される①記載の各PEOによってもたらされるものであり、右PEOは、水に浸けるとその水硬化性樹脂の粘着性が低下し、それを適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにするという性状を有する「潤滑材」に該当するから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Bを充足する。

(3) 構成要件Cの充足性

被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれる前記PEOは、「潤滑材」に該当し、右樹脂の粘着性を低下させ、被告製品三ないし六を適用し成形している間、右樹脂を非粘着性にするものであるから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Cを充足する。

(4) 構成要件Dの充足性

被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれる前記PEOは、「潤滑材」に該当し、構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むものであるから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Dを充足する。

(5) 構成要件Eの充足性

被告製品三ないし六の水硬化性樹脂は、これを被覆したシートのロールを水に浸け、浸けたまま数回搾ったとき、七〇パーセント以上の樹脂組成物がシート上に留まり、はっきりわかるほど水に分散しないから、本件発明の構成要件Eを充足する。

(6) 構成要件Fの充足性

被告製品三ないし六の主要面における動摩擦係数は、いずれも1.2を下回っており、このことは、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれる潤滑材である前記PEOが、右の動摩擦係数が約1.2未満となるような量で存在することを示しているから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Fを充足する。

(7) 以上により、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件を全て充足するから、その技術的範囲に属する。

5  補償金請求

(一) 被告は、遅くとも平成元年七月七日には、本件発明が出願公開されていることを知っていた。

(二) 被告は、平成元年九月一日から平成五年九月一七日までの間、被告製品一及び二を業として製造販売し、その売上額は、被告製品一が一四億三七二二万二九〇三円、被告製品二が三億二八〇八万三三三六円、合計一七億六五三〇万六二三九円である。

(三) 本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額としては、本件発明の内容、被告製品と本件発明の関係、被告製品の利益率、発明保護という特許法の目的、特許制度の国際的ハーモナイゼーションの趨勢等の事情に照らし、売上額の一〇パーセントが相当である。

(四) よって、原告は、被告に対し、平成六年法律第一一六号による改正前の特許法六五条の三に基づく補償金として、前記売上合計額の一〇パーセントに相当する一億七六五三万〇六二四円及びこれに対する平成七年九月二二日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成七年九月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

6  損害賠償請求

(一) 被告は、本件発明にかかる特許出願の出願公告の日の翌日以降、以下のとおり被告製品一ないし六を業として製造販売し、合計二一億四一二五万八七一九円を売り上げた。

(1) 被告製品一

平成五年九月一八日から平成六年四月三〇日までに五八三二万三三四四円

(2) 被告製品二

平成五年九月一八日から平成六年四月三〇日までに八二八万七九四七円

(3) 被告製品三

平成五年一〇月一日から平成六年五月三〇日までに三億四一八五万九一六三円

(4) 被告製品四

平成五年一〇月一日から平成六年五月三〇日までに六一三一万八八〇九円

(5) 被告製品五

平成六年六月一日から平成七年八月三一日までに六億九八八二万〇九四八円、平成七年九月一日から平成八年一二月二四日までに七億五二二四万〇六八五円、合計一四億五一〇六万一六三三円

(6) 被告製品六

平成六年六月一日から平成七年八月三一日までに一億〇八七六万二〇四五円、平成七年九月一日から平成八年一二月二四日までに一億一一六四万五七七八円、合計二億二〇四〇万七八二三円

(二) 本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額としては、前記5(三)記載のとおり、売上額の一〇パーセントが相当である。

(三) よって、原告は、被告に対し、本件特許権及びその仮保護の権利の侵害による損害賠償として、前記売上合計額の一〇パーセントに相当する二億一四一二万五八七二円及びそのうち、被告製品一ないし四の売上額と被告製品五及び六の平成七年八月三一日までの売上額との合計額一二億七七三七万二二五六円の一〇パーセントに相当する一億二七七三万七二二六円に対しては、不法行為の後であり平成七年九月二二日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成七年九月二三日から、被告製品五及び六の平成七年九月一日から平成八年一二月二四日までの売上合計額八億六三八八万六四六三円の一〇パーセントに相当する八六三八万八六四六円に対しては、不法行為の後であり平成九年五月九日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成九年五月一三日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2は認める。

3  請求原因3は認める。

4(一)  請求原因4(一)は争う。

本件発明においては、適用成形過程においてキャスティングテープ相互が接着しなければならず、ある程度の樹脂の粘着性は必要であるから、本件発明において「粘着性」か「非粘着性」かは、粘着性の有無の問題ではなく程度の問題である。したがって、「粘着性」と「非粘着性」を分ける客観的な基準が必要であり、原告の請求原因4(一)の主張は抽象的・感覚的で相当でない。

そして、この点につき、以下(1)ないし(3)のような本件明細書の発明の詳細な説明の記載や本件特許出願の過程で原告が提出した意見書の記載を総合すれば、本件発明では、「粘着性」と「非粘着性」を客観的に区別する指標として動摩擦係数を用いたものであり、動摩擦係数が1.2以上か、それ未満かによって「粘着性」と「非粘着性」とが区別されるものと解すべきであり、これに反する主張は包袋禁反言の原則により許されない。

(1) 「シート表面が示す粘着性と表面の動摩擦係数とは、粘着性が減少するとその結果動摩擦係数が低下するというように相関している。」(本件公報九欄二行目ないし五行目)

(2) 「『非粘着性』を与える条件は特許請求の範囲に記載のとおり『動摩擦係数が約1.2未満となるような量で潤滑材が存在する』こととして具体的に規定されている。」(原告の平成二年一二月五日付け意見書四頁一九行目ないし五頁二行目)

(3) 「ギプス材料における樹脂がギプス材料を適用し、成形している間にその樹脂が非粘着性であるようにする潤滑材を含んでいることにより、ギプス材料を適用している間は、適用者の着用する手袋に樹脂が粘着することがなくギプス適用の様々な操作がまるで乾いた普通の包帯を扱うように容易にスムーズに行える。本願発明においてこのように非粘着性である樹脂は明細書で定義した動摩擦係数において1.2未満の値を有する。」(原告の平成五年一月一四日付け意見書五頁九行目ないし一九行目)

(二)  請求原因4(二)は争う。

本件発明における「潤滑材」は、以下に述べる理由により、水硬化性樹脂とは区別できる物質であり、水硬化性樹脂とともに存在するものであるから、水硬化性樹脂を構成する物質を含まないものと解すべきである。

(1) 本件特許請求の範囲の文言

本件特許請求の範囲には、「潤滑材を含有する水硬化性樹脂で……」(本件公報一欄二行目)、「その潤滑材が、その水硬化性樹脂の粘着性を……」(同一欄四行目)、「その潤滑材が……その樹脂が非粘着性であるようにするようなもの……」(同一欄四行目ないし六行目)、「硬化性樹脂に共有結合で結合……」(同二欄一行目)、「樹脂に対して非反応性の、樹脂への添加物」(同二欄三行目)、「樹脂と反応性であってそれで樹脂と化学的に結合するような、樹脂への添加物」(同二欄四行目ないし五行目)との記載があり、これらによれば、水硬化性樹脂と、これとは区別された潤滑材との関係が明らかにされている。

「潤滑材」が「水硬化性樹脂」に化学的に結合するということは、潤滑材を結合させる以前にこれに結合させられる物質が「水硬化性樹脂」であることを前提とするものであるから、「潤滑材」は、「水硬化性樹脂」に結合させられるもの、すなわち、付加されるものでなければならない。

(2) 本件発明の優先権主張日前の公知技術

以下のとおり、本件発明の優先権主張日(昭和六〇年一〇月四日)前から、水硬化性樹脂で形成されたキャスティングテープであってその動摩擦係数が1.2未満の非粘着性のものが公知であり、右樹脂の構成成分として親水性基を使用することも、当業者にとって周知であった。特許発明の技術的範囲を定めるに当たっては、公知の技術はこれを含まない趣旨に解釈するのが妥当であるところ、右公知技術を斟酌すれば、本件発明における「潤滑材」は、水硬化性樹脂の構成成分である物質を含まないもので、水硬化性樹脂と別個に存在しなければならないと解すべきである。

① 特開昭五七―一四八九五一号の特許発明(乙第一一号証、以下「SアンドN特許」という。)

SアンドN特許は、水硬化性樹脂を用いた水硬化性固定用包帯(キャスティングテープ)の貯蔵性を高めるための触媒の使用に関する発明であるところ、その公開特許公報の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、水硬化性樹脂がイソシアネートとポリエチレングリコール(PEO)類の反応により形成されたプレポリマーで形成されており、右ポリエチレングリコール類が吸水性、すなわち樹脂に水を呼び入れる機能を有していることが記載されている。

② 特開昭五四―一〇〇一八一号の特許発明(乙第一二号証、以下「菱レ特許」という。)

菱レ特許は、水硬化性樹脂を用いた整形用固定材に関する発明であるところ、その公開特許公報の発明の詳細な説明には、水硬化性樹脂を形成するのにイソシアナート(イソシアネート)と活性水素を有する高分子化合物を用いる技術が記載されており、PEOは右活性水素を有する高分子化合物であるポリオールの一つであるから、この発明においても、水硬化性樹脂を形成する成分としてPEOを使用することが開示されている。

③ タフライト

ア タフライトは、菱レ特許の実施品であり、本件発明の優先権主張日前に公知であったイソシアネート官能性ウレタンプレポリマーからなる水硬化性樹脂で被覆したシートを含む整形外科用キャスティングテープであって、以下のような特徴を有している。

a タフライトの水硬化性樹脂はPEOをその構成成分として含有しており、右PEOは親水性基である。

b 右樹脂ははっきりわかるほど水に分散しない。

c 右キャスティングテープのシート主要面の動摩擦係数は約0.32である。

イ タフライトのシートの主要面の動摩擦係数は右のとおり、1.2未満であるから、本件発明における「粘着性」及び「非粘着性」の意義を前記(一)記載のとおりに解釈すれば、タフライトの水硬化性樹脂は、本件発明における「非粘着性」の性質を有することになる。

ウ また、仮に、本件発明における「粘着性」及び「非粘着性」の意義を原告の主張(請求原因4(一))のとおりに解釈したとしても、タフライトは、キャスティングテープを適用し成形する作用に何らの支障もないから、本件発明にいう「非粘着性」の性質を有する。なお、この点につき、検甲第一号証は、手袋をはめた手でギプス表面を滑らかにし、それが固くなるまでギプスを保持するという成形の作業とは異なり、試験者は、ギプスを握り、両手で挟み、押さえ付けるなどしており、ひたすらタフライトの粘着性を強調するための作為的な方法を用いており、採用すべきでない。

エ 以上によれば、仮に、本件発明における「潤滑材」に水硬化性樹脂の構成成分である物質も含まれると解釈すれば、本件発明の優先権主張日前に公知の製品であったタフライトが、本件発明の技術的範囲に属することになってしまうから、「潤滑材」について右のような解釈をすべきではなく、水硬化性樹脂の構成成分である物質は、「潤滑材」に含まれないものと解すべきである。

(三)(1)  請求原因4(三)(1)は認める。

(2) 同4(三)(2)のつき、①及び②は認め、③は否認する。

被告製品一及び二に含まれるPEOのステアリン酸エステルは、被告製品一及び二の水硬化性樹脂の構成成分そのものであるから、「潤滑材」に該当しない。

(3) 同4(三)(3)のうち、被告製品一及び二の水硬化性樹脂にPEOのステアリン酸エステルが含まれることは認め、その余は否認する。

(4) 同4(三)(4)のうち、被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれるPEOのステアリン酸エステルが構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むことは認め、その余は否認する。

(5) 同4(三)(5)は認める。

(6) 同4(三)(6)のうち、被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれるPEOのステアリン酸エステルが「潤滑材」に該当すること及び被告製品一及び二が本件発明の構成要件Fを充足することは否認し、その余は認める。

(四)(1)  請求原因4(四)(1)は認める。

(2) 同4(四)(2)のうち、①及び②は認め、③は否認する。

被告製品三ないし六に含まれるPEOは、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂の構成成分そのものであるから、「潤滑材」に該当しない。

(3) 同4(四)(3)のうち、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂にPEOが含まれることは認め、その余は否認する。

(4) 同4(四)(4)のうち、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれるPEOが構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むことは認め、その余は否認する。

(5) 同4(四)(5)は認める。

(6) 同4(四)(6)のうち、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれるPEOが「潤滑材」に該当すること及び被告製品三ないし六が本件発明の構成要件Fを充足することは否認し、その余は認める。

5(一)  請求原因5のうち、(一)及び(二)は認める。

(二)  同5(三)は争う。

本件発明は、わが国において画期的なものではなく、それどころか、SアンドN特許、菱レ特許及びタフライトによって、公知、公用の技術であって、新規性を欠くものであり、無効審判請求手続において無効とされる可能性の大きい発明であるから、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、売上額の二パーセントもしくはそれを下回るものというべきである。

6(一)  請求原因6(一)は認める。

(二)  同6(二)は争う。

本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、前記5(二)記載のとおり、売上額の二パーセントもしくはそれを下回るものというべきである。

7  権利濫用

本件特許権は、特許法二九条一項一号及び二号により無効となる可能性が大きいから、これに基づく請求は権利の濫用として制限されるべきである。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  「粘着性」及び「非粘着性」の意義について

(一) 被告は、本件発明にいう「非粘着性」と「粘着性」とを区別する基準は動摩擦係数が1.2未満であるかそれ以上であるかであるとし、これを前提として、本件発明の優先権主張日前に製造されたタフライトなる製品について、動摩擦係数が1.2未満であるから、同製品は、本件発明と同様、非粘着性樹脂からなるキャスティングテープであるかのように主張する。

(二) しかしながら、動摩擦係数と樹脂の粘着性との関係については、樹脂の粘着性が低下すれば樹脂を被覆したキャスティングテープ表面の動摩擦係数も低下するという相関関係はあるものの、動摩擦係数は樹脂それ自体の粘着性以外の要素、例えば樹脂を被覆する基材の粗さなどによっても影響されることからすれば、テープ表面の動摩擦係数が小さいことが直ちに樹脂の非粘着性を意味することにはならない。本件発明における動摩擦係数の試験は、潤滑特性を与えられた種々の材料の滑り易さがどの程度かを、ないしは十分であるかを試験するものであり、本件発明において、動摩擦係数約1.2未満という数値は、樹脂の非粘着性の存否を決定する指標として提示されたものではない。

(三) タフライトにおいては、その製品パンフレットの取扱事項の欄に、「未硬化の粘着性物質が皮膚や衣服につかない様注意して下さい」との記載があること、原告においてタフライト製品の触感評価の試験を実施したところ、同製品を水に浸けてからロールに巻きつけて成形している間、その樹脂が手袋をはめた手に激しく粘着してしまい、成形することがきわめて困難であることが確認されたことなどからすると、タフライトの水硬化性樹脂が粘着性であることは明らかである。

したがって、タフライトの水硬化性樹脂が本件発明にいう「非粘着性」の要件を充足することを前提とする被告の前記主張には理由がない。

2  「潤滑材」の意義について

被告は、本件発明における「潤滑材」は水硬化性樹脂とは区別できる物質で、水硬化性樹脂を構成する物質を含まない旨主張するところ、そのように解すべき根拠はない。

むしろ、以下のような本件明細書の記載からすれば、本件発明における「潤滑材」は水硬化性樹脂と結合してその構成成分となっているものも当然に含むものである。

(一) 特許請求の範囲には、潤滑材の要件について、

「その潤滑材が、……下記のイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含み、

イ 硬化性樹脂に共有結合で結合された親水性基、

ロ ……

ハ 樹脂と反応性であってそれで樹脂と化学的に結合するような、樹脂への添加物」

と記載されているところ、潤滑材が水硬化性樹脂に化学的に結合すれば、それは樹脂の構成成分になるのであるから、右特許請求の範囲にいう潤滑材が樹脂を構成する物質を含むことは、右記載から明らかである。

(二) また、発明の詳細な説明には、本件発明の技術的範囲に含まれる潤滑材の例である結合型潤滑材を含有する水硬化性樹脂の製造法として、エチレンオキシドから誘導される反復単位を有する親水基を含むヒドロキシル官能性オリゴマーを反応させることにより、結合型潤滑材を含む水硬化性樹脂がつくられることが開示されている(本件公報一五欄九行目ないし四三行目)が、このような製法でつくられた樹脂における潤滑材が樹脂の構成成分になっていることは疑問の余地がない。

3  権利濫用の抗弁について

特許侵害訴訟においては、例外的な場合を除いて特許の無効原因は審理の対象とされるべきでないし、本件特許権は特許要件を具備し、無効原因を有しない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

第二  請求原因4(本件発明と被告製品との対比)について

一  請求原因4(一)(構成要件Cの「粘着性」及び「非粘着性」の意義)について

「粘着性」なる用語は、一般的には、「ねばりつく性質」(岩波書店「広辞苑(第四版)」)という意味を有し、「非粘着性」なる用語は、右「粘着性」でない性状を意味するものであるところ、本件特許請求の範囲において用いられる「粘着性」及び「非粘着性」も基本的には右のような一般的な意味において用いられているものといえるが、その意義を本件発明の内容に即して、より具体的に考察すると、以下のとおりである。

1  本件明細書の発明の詳細な説明には、以下のとおりの記載がある(甲第一号証)。

(一) 本件発明の背景となる従来技術の問題について、以下の説明がなされている。

「現行の合成整形外科用キャスティングテープは、基材(ガラス繊維、ポリエステル、又は他の合成又は天然織物)上に被覆された硬化性樹脂を用いて製造される。……貯蔵袋からキャスティング材料を取り出した後は、とりわけプレポリマーの硬化を開始させるために用いる水にさらした後は、硬化するまでにこれら樹脂はきわめて粘着性である。この粘着性のために、ギプス適用者が着用している保護手袋に樹脂が粘着する傾向があるので、患者の手足にギプスを成形することが困難になる。例えば、ロールを包んだ後、しかしそれが固まる前は、ギプスを手足によく合うように成形するためある作業時間が必要である。これは手袋をはめた手でギプス表面を滑らかにし、さらになお、それが固くなるまでギプスをある点に保持することにより達成される。粘着性樹脂で被覆したテープのロールを用いる場合には、ギプスの成形が困難である。この困難の理由は、手袋が樹脂に粘着し、ギプス表面を滑らかにし、それを形づくることを試みる場合に、テープの層が互いに引き離されるのでそのギプスの部分も再び作り直す必要があるということである。

現在、商業的に入手できる、あらゆる硬化性樹脂被覆整形外科用キャスチング材料は、上記の問題をかかえていると考えられる。」(本件公報五欄三行目ないし三二行目)

(二) 発明の要約として、以下の説明がなされている。

「本発明は、シート材料の主要面が約1.2未満の動摩擦係数を示す前潤滑した水硬化性樹脂被覆シートからなる整形外科用キャスティング材料に関する。本材料は被覆シートの主要面に潤滑材を与えることにより製造され、そして前記潤滑材は、その水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、その材料を適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにするようなものであって……」(本件公報八欄二一行目ないし二八行目)

(三) 本件発明の実施品の一つに当たるキャスティングテープの性状について、以下のような説明がなされている。

「水に浸けたとき、テープは急速に非常に滑りやすくなる。ロールは容易に巻き戻され手袋に粘着しない。ロールを手足の周りに巻きつけた後、ギプスの成形は樹脂の非粘着性のため容易になる。ギプスをその全長にわたってこすっても手袋に粘着せず、テープの層は互いに離れない。この前潤滑樹脂は焼きセツコウ包帯の取扱い性に非常に近い。」(本件公報二一欄二八行目ないし三四行目)

「ロールはたやすくほどけ、ギプスの成形が容易になる。滑り易さにも拘わらず、テープ層は互いによくラミネートする。」(本件公報二一欄四一行目ないし四三行目)

2  本件明細書の発明の詳細な説明における以上の各記載を総合すると、水硬化性樹脂を用いた整形外科用キャスティング材料において、従来の技術では、右樹脂が硬化するまでの間きわめて粘着性であったため、適用者がキャスティング材料を水に浸けてから右材料のロールを患者の手足に巻きつけることにより適用した後、手袋をはめた手で右材料の表面を滑らかにし、それが固くなるまで右材料を保持するという作業、すなわち成形をする際、手袋が樹脂に粘着し、テープの層が互いに引き離されるので、その部分を再び作り直す必要が生じ、右成形が困難になるという問題があったところ、本件発明は、右問題点を解決するために、水硬化性樹脂に一定の潤滑材を含有させることによって、成形の際の樹脂の粘着性を低下させて非粘着性にし、キャスティング材料の成形を容易にするという内容を有する発明であると認められる。

そして、右のような本件発明の技術課題及び内容に照らせば、本件発明の特許請求の範囲における「粘着性」とは、従来技術において整形外科用キャスティング材料に用いられていた水硬化性樹脂が有していた成形作業上の問題点としての樹脂の「粘着性」、すなわち、「適用者が、水硬化性樹脂を用いた整形外科用キャスティング材料を、水に浸けてから患者の手足に巻きつけた後、手袋をはめた手で右材料の表面を滑らかにし、それが固くなるまで右材料を保持するという作業、すなわち成形をしている間、樹脂が適用者の手袋に粘着することにより、テープの層が互いに引き離されてしまい、その部分を再び作り直す必要が生じるため、右成形が困難になる」という性状を意味するものと解すべきであり、他方、「非粘着性」とは、右のような樹脂の「粘着性」の問題点が解決された性状、すなわち、「適用者が、水硬化性樹脂を用いた整形外科用キャスティング材料を、水に浸けてから患者の手足に巻きつけた後、手袋をはめた手で右材料の表面を滑らかにし、それが固くなるまで右材料を保持するという作業、すなわち成形をしている間、樹脂が適用者の手袋に粘着せず、テープの層が互いに引き離されることがないので、右成形が容易に行える」という性状を意味するものと解すべきである。

3  この点について、被告は、本件発明における「非粘着性」とは、動摩擦係数が1.2未満であることを意味する旨主張する(請求原因に対する認否及び被告の主張4(一))。

(一) 被告は、右主張の根拠の一つとして、本件明細書の発明の詳細な説明の中に、「シート表面が示す粘着性と表面の動摩擦係数とは、粘着性が減少するとその結果動摩擦係数が低下するというように相関している。」との記載があることを挙げるが、右記載は、シート表面の粘着性と動摩擦係数との間に相関関係があることを示しているにとどまるのであり、この記載から直ちに、「粘着性」及び「非粘着性」の意義が動摩擦係数の値によって示されていると断定することはできない。

(二) 本件特許請求の範囲の記載をみると、水硬化性樹脂に含有される「潤滑材」が有する機能を示すものとして、「水硬化性樹脂の粘着性を低下させ」、「非粘着性であるようにするようなもの」であることが記載され、他方、右「潤滑材」の含有量を示すものとして、「シート主要面の動摩擦係数が約1.2未満となるような量」であることが記載されていることが認められるのであり、このように、「非粘着性であるようにすること」と「動摩擦係数が約1.2未満となること」とを性質の異なる別々の要件として記載している本件特許請求の範囲の構造からすると、動摩擦係数が約1.2未満であることが、すなわち「非粘着性」を意味すると解釈することは困難である。

(三) また、本件明細書の発明の詳細な説明には、動摩擦係数の測定方法が具体的に記載されているところ(本件公報二六欄二六行目ないし三〇欄二行目)、右測定方法は、要するに、試料表面上にステンレス鋼そりを滑らせて張力を測定する方法であり、手袋をはめた手で樹脂表面を成形する際の粘着性そのものを測定するものではなく、粘着性の度合いを定量的に測定する手段としてとらえるべきであるから、右方法によって測定された動摩擦係数の値が、直ちに右のような成形作業時の粘着性の程度を表すものとはいい難い。

(四) さらに、本件明細書の発明の詳細な説明の動摩擦係数の測定方法に関する記載中には、「下記の手順は約三分から五分で固まる、即ち受動的運動に抵抗する水活性化キャスティング材料に対して適当である。水浸漬時間およびその後のそりの運動開始までの待ち時間は、もし被験材料の硬化時間が三分から五分までと実質的に異なるならば、調節を必要とすることがある。」(本件公報二九欄八行目ないし一三行目)との記載があり、また、本件明細書の発明の詳細な説明の比較例の記載中には、「与えられたイソシアネート官能性プレポリマーの粘着は硬化中にピークに達する傾向があることがわかった。従って、ここに例示されたものより長い硬化時間をもつプレポリマーは、比較例AおよびBのものほど高い動的COF(摩擦係数)を示さないかもしれない。それは硬化が上記の試験法で特定された時間では十分に進行しないからである。それ故、種々な硬化速度を有するプレポリマー系に対する試験結果を比較するときは、上記方法に従って試験されたプレポリマーの相対的硬化速度を考慮すべきである。」(本件公報三八欄二八行目ないし三八行目)との記載があることが認められるところ、これらの記載によれば、硬化時間が約三分ないし五分の範囲に属しない被験材料において、待ち時間等の調整を行うことなく本件明細書記載の方法によって測定された動摩擦係数は、必ずしも成形作業時の樹脂の粘着性と相関関係があるとはいえず、とりわけ、硬化時間の長い樹脂の場合には、右方法によって測定された動摩擦係数の値は小さくなることが窺われるのであり、このことからすれば、本件明細書記載の測定方法によって得られる動摩擦係数の値のみによって、成形作業時の樹脂の粘着性の有無ないし程度が決定されるとは考えられない。

(五) 以上を総合すれば、本件発明における「非粘着性」が動摩擦係数が1.2未満であることを意味する旨の被告の主張には理由がないというべきである。

なお、被告は、その主張の根拠として、原告が本件特許出願の過程で提出した意見書において、前記「請求原因に対する認否及び被告の主張」4(一)(2)及び(3)記載のとおりの主張をしている事実を挙げるが、右事実を認めるに足りる証拠は提出されておらず、また、仮に、意見書の中に右のような記載があったとしても、それが特許出願の過程における原告の主張全体のなかで、いかなる位置付けを有するものであるかが不明であり、右記載部分のみを取り上げて、その趣旨を断定することは困難である。したがって、右の点が、前記判断を左右するものとはいえない。

二  請求原因4(二)(構成要件B、C、D、Fの「潤滑材」の意義)について

1  本件特許請求の範囲の記載によれば、構成要件B、C、D、Fにおける「潤滑材」とは、「水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、整形外科用キャスティング材料を適用し成形している間はその樹脂が非粘着性であるようにする物質」を指すことは明らかであり、また、ここでいう「粘着性」及び「非粘着性」は、前記一2記載のとおりの意味を有するものと認められるから、右「潤滑材」を実質的に定義すれば、「水硬化性樹脂を用いた整形外科用キャスティング材料につき、適用者が右材料を水に浸けてから患者の手足に巻きつけた後、手袋をはめた手で右材料の表面を滑らかにし、それが固くなるまで右材料を保持するという作業をしている間、樹脂が適用者の手袋に粘着せず、テープの層が互いに引き離されないので、右成形が容易に行えるという性状をもたらす物質」ということができる。

2  被告は、本件発明にいう「潤滑材」は、水硬化性樹脂とは区別できる物質であり、水硬化性樹脂を構成する物質を含まない旨主張する(請求原因に対する認否及び被告の主張4(二))。

(一) 本件明細書の記載について

(1) 被告は、まず、本件特許請求の範囲に、「潤滑材」と「水硬化性樹脂」とを区別した記載があることを根拠として、潤滑材は水硬化性樹脂に付加される物質であって、これが付加される以前に水硬化性樹脂が存在していなければならず、水硬化性樹脂が形成される際に既にこれに構成成分として含まれている物質は、「潤滑材」に当たらない旨主張する(請求原因に対する認否及び被告の主張4(二)(1))。

(2) しかしながら、本件特許請求の範囲において、「潤滑材」が「樹脂に対して非反応性の、樹脂への添加物」として樹脂と別個に存在する場合のほか、「硬化性樹脂に共有結合で結合された親水性基」や「樹脂と反応性であってそれで樹脂と化学的に結合するような、樹脂への添加物」を含む場合があることが記載されていることからすれば、本件発明において、潤滑材が水硬化性樹脂と化学的に結合し、右樹脂の構成成分となる場合があることは明らかである。

そして、被告が主張する前記各記載を総合しても、本件発明が、「潤滑材」に関し、既に存在する水硬化性樹脂に潤滑材を結合ないし添加する場合のみを対象とし、右樹脂が形成される段階で潤滑材が取り込まれる場合を排除しているとの趣旨を読みとることは困難である。

(3) また、本件明細書の発明の詳細な説明には、「潤滑材」の一例である結合型潤滑材を含有する水硬化性樹脂の製造方法として、「第二の方法は親水基を含む単量体を重合させて硬化性樹脂をつくるものである。例えば、特に適当な樹脂はイソシアネート官能性プレポリマー、即ち少なくとも一部は、活性水素化合物あるいはオリゴマーとイソシアネート官能性化合物あるいはオリゴマーとの反応生成物であり、そしてこの場合、反応体の少なくとも一つは、反応生成物が、水と接触したときプレポリマーに望む動摩擦係数を与えるのに十分な親水性を保有するように少なくとも一つの親水基を含有する。特に適当なプレポリマーはエチレンオキシドから誘導される反復単位を有する親水基を含有するヒドロキシル官能性オリゴマーからつくられる。」(本件公報一五欄一六行目ないし二八行目)との記載が認められるところ、右方法により製造される水硬化性樹脂が、「潤滑材」として、親水性基を含む化合物をその形成時において既に構成成分とするものであることは明らかである。

(4) さらに、本件明細書の発明の詳細な説明の実施例をみると、例1ないし6、28、29には、水硬化性樹脂の製造方法として、イソシアネート官能性化合物からプレポリマーをつくる際、イソシアネート官能性化合物と親水性基を含有する活性水素化合物又はオリゴマーを同時に重合させることが記載されており、これらの水硬化性樹脂が、「潤滑材」として、親水性基を含む化合物をその形成時において既に構成成分とするものであることは明らかである。

(5)  以上のとおり、本件特許請求の範囲や本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、本件発明における「潤滑材」について、水硬化性樹脂を構成する物質を含まないと解すべき根拠は認められず、水硬化性樹脂とは区別されて存在する場合も、水硬化性樹脂の構成成分の一部として存在する場合も含むことが当然の前提とされていることが認められる。

(二) 公知技術について

(1)  被告は、本件発明の技術的範囲を優先権主張日(昭和六〇年一〇月四日)前の公知技術を含まない趣旨に解釈するためには、本件発明の「潤滑材」は水硬化性樹脂の構成成分である物質を含まないものと解すべきである旨主張する(請求原因に対する認否及び被告の主張4(二)(2))。

本件発明は、複数の構成要件から成り立っており、各構成要件を一定の技術的思想のもとに不可分有機的に結合したもので、全体として新規な一つの発明を構成する一体性のある技術的思想の創作であって、各構成要件の単なる寄せ集めではない。したがって、特許請求の範囲に記載された本件発明の技術的思想が本件発明の優先権主張日前全部公知であった場合はともかく、本件発明の構成要件の一部につき公知技術が存在したとしても、それだけで公知技術を発明の構成要素から排除すべき事由とはならず、このような場合に本件発明の技術的範囲の認定につき、限定解釈をするのは相当でない。とりわけ、本件発明の技術的意義が、水硬化性樹脂に一定の潤滑材を含有させることにより成形の際非粘着性にして成形を容易にするところにあることからすれば、水硬化性樹脂が非粘着性であるように作用する潤滑材について開示のない公知技術や非粘着性でない公用技術があったとしても、それによって前記1認定の本件発明における「潤滑材」の解釈を左右するものではない。

そこで、以下、右の観点から被告が公知技術として主張する特許発明ないし製品について検討する。

(2) 特開昭五七―一四八九五一号の特許発明(SアンドN特許)について

① 乙第一一号証によれば、次の事実が認められる。

SアンドN特許は、昭和五七年九月一四日出願公開された水硬化性固定用包帯、その製造法及びその使用材料に関する発明である。

明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には水硬化性樹脂の構成成分として、ポリエチレングリコール(PEO)類などの親水性基を含む物質が示されている。

しかしながら、SアンドN特許は、従来の水硬化性包帯材では保存寿命が短かったという問題点につき、右保存寿命を長くするための触媒を提供する内容の発明であり、エチレンオキシド付加物の含有はプレポリマーの吸水性を目的とするものであり、明細書の記載中には、固定用包帯の成形時における樹脂の粘着性に関する従来技術の問題点やこれを解決するために樹脂に潤滑材を含有させることによって樹脂の非粘着化をはかることについての記載は全くなく、また、右固定用包帯の主要面における動摩擦係数に関する記載も全くない。

②  したがって、SアンドN特許には、水硬化性樹脂を用いた整形外科用材料につき、PEOを樹脂の構成成分とするものが開示されているけれども、動摩擦係数に関する開示がなく、適用し成形する間水硬化性樹脂が非粘着性であるように作用する潤滑材であることについての開示もない以上、これが本件発明における「潤滑材」の解釈を左右するものではない。

(3) 特開昭五四―一〇〇一八一号の特許発明(菱レ特許)について

① 乙第一二号証によれば、次の事実が認められる。

菱レ特許は、昭和五四年八月七日出願公開された整形用固定材に関する発明である。

明細書の特許請求の範囲には、「分子中に―NCO基を有する重合体又は、分子中に―NCO基を発現せしめる重合体を主体とする樹脂組成物を柔軟な支持体に付着せしめてなる整形用固定材」と記載されており、発明の詳細な説明には、水硬化性樹脂の構成成分として、PEOを含むポリエーテル、ポリオールなどの活性水素を有する高分子化合物が示されている。

しかしながら、菱レ特許は、整形固定材に関し、従来用いられてきた石膏包帯、熱軟化性樹脂、紫外線硬化型樹脂などにそれぞれ問題点があることに鑑み、これらの問題点のない新規な整形用固定材として、イソシアネート基を有する重合体を利用した水硬化性の樹脂を提供する内容の発明であり、明細書の記載中には、整形用固定材の成形時における樹脂の粘着性に関する従来技術の問題点やこれを解決するために樹脂に潤滑材を含有させることによって樹脂の非粘着化をはかることについての記載は全くなく、また、右整形用固定材の主要面における動摩擦係数に関する記載も全くない。

②  したがって、菱レ特許には、水硬化性樹脂を用いた整形外科用材料につき、PEOを含むポリエーテル、ポリオールを樹脂の構成成分とするものが開示されているけれども、動摩擦係数に関する開示がなく、適用し成形する間水硬化性樹脂が非粘着性であるように作用する潤滑材であることについての開示もない以上、これが本件発明における「潤滑材」の解釈を左右するものではない。

(4) タフライトについて

① タフライトは、三菱レイヨン株式会社が菱レ特許の実施品として製造し、昭和五八年七月からダイヤメラ株式会社が、昭和六〇年四月から昭和六三年六月までダイヤメディックス株式会社が販売していた水硬化性ポリウレタンキャストである(乙第一七号証)。

② 菱光電子工業株式会社は、昭和六〇年八月一日タフライトにつき薬事法上の製造承認を受けたが、製造承認書によれば、タフライトを構成する樹脂は、「4、4―ジフェニールメタンジイソシアネートとポリオキシエチレングリコール・ポリオキシプロピレングリコールのジアルコールとから成るポリウレタンプレポリマー」を成分とし、その商品名は「三井日曹ウレタン株式会社製ハイプレンAD―一九五」である(乙第一九号証)。なお、タフライトに使われているプレポリマーが一〇パーセントのオキシプロピレンユニット、三一パーセントのオキシエチレンユニット、五九パーセントのジフェニルメタン4、4ジイソシアネート又はその二量化、三量化物である旨の分析結果(乙第一四号証)があるが、右分析に使われたタフライトが本件発明の優先権主張日の前に公知であったものか否かは明らかでない。

③ 本件発明の優先権主張日前に製造されたとされるタフライトに関する実験等について検討する。

ア 乙第一三号証及び乙第二〇号証について

a 乙第一三号証及び乙第二〇号証によれば、被告の技術者が、昭和五八年三月二八日に製造されたタフライトのシート主要面の動摩擦係数を本件明細書の発明の詳細な説明において特定された測定方法に從って測定した結果、その動摩擦係数が平均で0.32となったことが認められる。

b 被告は、本件発明における「非粘着性」の意義について、「動摩擦係数が1.2未満であること」を意味するとの解釈を前提としたうえで、右乙第一三号証及び乙第二〇号証の測定結果によれば、タフライトのシート主要面の動摩擦係数は1.2未満であるから、タフライトは「非粘着性」である旨主張するが、前記一認定のとおり、「非粘着性」の意義に関する被告の主張には理由がないから、被告の前記主張はその前提において採用することができない。

また、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、硬化時間が五分を超える樹脂について待ち時間等の調整を行わずに本件明細書記載の方法によって動摩擦係数の測定を行った場合には、硬化の進行が十分でないために、値が小さく出てしまうことが考えられるところ、タフライトの硬化時間は、一〇分程度であることが認められる(乙第一九号証)から、右乙第一三号証の測定値についても、硬化の進行が十分でないために、小さな値となった可能性がある。

したがって、右乙第一三号証及び乙第二〇号証における動摩擦係数の測定結果が1.2未満であったことをもって、タフライトが「非粘着性」であることを推認することはできない。

イ 検乙第二号証及び乙第二一号証について

a 検乙第二号証は、被告が平成七年九月一九日にサンアプロ株式会社から入手した「AD―一九五」なる樹脂をガラス繊維基布に塗布した物を対象とし、被告の技術者がこれを円管に巻きつけたうえでゴム手袋をはめた手でこするなどして実施した触感試験を収録したビデオテープであり、乙第二一号証は、検乙第二号証の収録内容に関する報告書である。

b 被告は、右試験の対象物が本件発明の優先権主張日(昭和六〇年一〇月四日)前に公知であったタフライトの再現品である旨主張する。

しかしながら、検乙第二号証の試験対象となった「AD―一九五」の入手元であるサンアプロ株式会社の販売開発課大西捷三名義による「三井東圧化学(株)製「AD―一九五」のサンプル入手経路」と題する陳述書(乙第二〇号証添付資料4)には「昭和六〇年一〇月に三井日曹ウレタン株式会社を吸収した三井東圧化学株式会社の営業部門担当者に当時の「AD―一九五」の製造処方に基づくサンプル作成を依頼し、同社から右サンプル三キログラムを入手した」旨の記載部分があるが、現に製造承認当時の製造処方が遵守されて昭和六〇年八月当時の「AD―一九五」と同一のものが製造されたことを裏付ける客観的な証拠はなく、右陳述書のみでこれを認めるのは困難である。

また、検乙第二号証の試験対象物では、基布としてガラス繊維が用いられているのに対し、タフライトではポリエステル繊維が用いられているのであるから(乙第一九号証)、この点においても、検乙第二号証の試験対象物は、タフテイトの正確な再現品とはいえない。

さらに、検乙第二号証の試験では、対象物を水に浸けてから固形化するまでの時間が六分三〇秒程度であり、タフライトの硬化時間である一〇分程度(乙第一九号証)に比べて明らかに短いこと、右試験では、固形化までの間に対象物が試験者の手袋に粘り着く様子がほとんどみられず、後記検乙第一号証におけるタフライトの試験結果と著しい相違がみられることなどからしても、検乙第二号証の試験対象物がタフライトの再現品であると認めるには疑問がある。

c 以上のとおり、検乙第二号証の試験対象物が本件特許の優先権主張日前におけるタフライトの再現品であることを認めることはできないから、右試験の結果は、タフライトの「非粘着性」を認定する証拠とはなり得ない。

ウ 乙第一五号証について

乙第一五号証は、菱レ特許及びタフライトの開発に携わった三菱レイヨン株式会社の技術者が、右開発の経過等について述べた報告書であり、この中で同人は、「タフライトは、菱レ特許の実施品(具体的には実施例5)として昭和五二年一〇月から開発が開始されたものであるが、開発当初から、成形時に手袋がテープに粘着して成形作業が困難になるという問題点があり、これを解決するために手袋に粘着しにくい親水性基を含有する樹脂組成物を開発し、それを商品化したのがタフライトである」旨述べている。

しかしながら、菱レ特許の明細書の記載中には、樹脂の粘着性の問題点やその解決のための発明であることを窺わせる記載が認められないこと(乙第一二号証)、三菱レイヨン株式会社におけるタフライトの開発に関する昭和五五年一月二九日付け研究報告書のなかにも、タフライトの開発過程において数点の問題点が指摘されたが、その中に成形時の樹脂の粘着性を解決するという技術的課題があったことを窺わせる記載がないこと(乙第一六号証)などからすれば、乙第一五号証における前記陳述内容は、これをにわかに措信することができない。

エ 他に本件発明の優先権主張日前に公知であったタフライトについて、非粘着性であることを認めるに足りる証拠はない。

④ 本件発明の優先権主張日以降製造されたタフライトについては、次の証拠がある。

ア 検乙第一号証及び乙第一八号証について

a 検乙第一号証は、昭和六一年三月に製造されたタフライトを対象とし、被告の技術者がこれを円管に巻きつけたうえでゴム手袋をはめた手で握るなどして実施した触感試験を収録したビデオテープであり、乙第一八号証は、検乙第一号証の収録内容に関する報告書である。

b 検乙第一号証及び乙第一八号証によって、タフライトを水に浸けた以降の粘着性の程度を時間の経過に沿って観察すると、以下のような状況が認められる。

Ⅰ 円管への巻きつけ作業時には、手袋に粘り着く様子はみられない(タフライトを水に浸けてから約一分が経過するころまで)。

Ⅱ 巻きつけ終了後、タフライトを両手で数回握ったり離したりする動作を繰り返すと、離す際に「ペチャペチャ」という音がし、手袋がタフライトに粘り着く様子がみられる(一分二〇秒ころから一分三〇秒ころまで)。

Ⅲ 手でタフライトをこすると、滑らすことは可能である(一分三〇秒ころから一分四〇秒ころまで)。

Ⅳ タフライトを手で握って離す際には、依然として「ペチャペチャ」という音がし、手袋がタフライトに粘り着く様子がみられる(一分四〇秒ころから一分五〇秒ころまで)。

Ⅴ 左側から右側に向かって巻きつけられたタフライトを同じ方向に向かって手でこすると、円管に巻かれたテープの左側が少し捲れる(一分五〇秒ころ)。

Ⅵ タフライトを手で握って離す際に「ペチャペチャ」という音がし、手袋がタフライトに粘り着く状況はその後も続く(一分五〇秒ころから三分一〇秒ころまで)。

Ⅶ タフライトを手でこする際に、ゴム手袋がタフライトに粘り着いて引っ張られる様子がみられる(三分一〇秒ころ)。

Ⅷ その後タフライトの表面の手袋への粘り着き感が強くなってきた様子がみられ(三分二〇秒ころ)、以後も強く粘り着く状態が続く(六分ころまで)。

Ⅸ 約六分三〇秒が経過したころには、表面の状態が乾燥したような状態になるのにともなって、タフライトを握ったり離したりする際の「ペチャペチャ」という音が小さくなり、べたつきが弱くなってきた様子がみられる。

Ⅹ 約一〇分が経過したころには、タフライトがほぼ硬化した状況がみられる。

c 以上のとおり、検乙第一号証及び乙第一八号証の触感試験によれば、タフライトは、水に浸けた後、約一分二〇秒ころから約六分が経過するころまで、試験者のはめたゴム製手袋に粘り着いて、手で握ってから離す際に「ペチャペチャ」した音を発したり、表面をこする作業をする際にテープの捲れ上がりが生じたり、手袋が引っ張られるなどの状況が認められる。

したがって、右試験の結果によって、タフライトが「非粘着性」の性状を有することを認めることはできず、むしろ、タフライトが相当程度の粘着性を有することが窺われるものというべきである。

イ 検乙第五号証及び乙第二三号証について

a 検乙第五号証は、昭和六一年三月に製造されたタフライトを対象とし、被告の技術者がこれを円管に巻きつけたうえでゴム手袋をはめた手でこするなどして実施した触感試験を収録したビデオテープであり、乙第二三号証は、検乙第五号証の収録内容に関する報告書である。

b 検乙第五号証においては、タフライトを水に浸けてから約二分三七秒が経過するまでの間、試験者がタフライトを円管に巻きつけたうえ、その表面をゴム手袋をはめた手でこすったり、押さえたりして成形する状況が収録されているところ、その間タフライトが手袋に粘り着くような状況は特にみられず、タック感が感じられない旨の感想が述べられている。

しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、硬化時間が五分を超える樹脂について待ち時間等の調整を行わずに明細書記載の方法によって動摩擦係数の測定を行った場合には、硬化の進行が十分でないために、値が小さく出てしまうことが考えられることは前記一3(四)認定のとおりであり、このことからすると、硬化時間が一〇分程度(乙第一九号証)であるタフライトの場合には、水に浸けた後比較的初期の段階においては、硬化の進行が十分でないために、粘着性が出現しないという可能性がある。この点につき、検乙第五号証と同じ昭和六一年三月製造のタフライトを被験材料とした検乙第一号証の触感試験においても、前記のとおり、水に浸けた後のごく初期の段階には粘着性を示さず、一分二〇秒位が経過したころから徐々に粘着性を示し始め、約三分二〇秒を経過したころから粘着性が強くなり、以後約六分三〇秒が経過するころまで粘着性を示していることが認められる。

そうすると、タフライトを水に浸けてから約二分三七秒が経過するまでの状況しか収録していない検乙第五号証は、樹脂が硬化の過程で粘着化していく状況を十分に収録していない可能性のある不完全な証拠というほかない。

c したがって、検乙第五号証及び乙第二三号証によって、タフライトの非粘着性を認定することはできない。

ウ 検甲第一号証及び甲第二〇号証について

a 検甲第一号証は、昭和六一年九月に製造されたタフライトを対象とし、原告の技術者がこれを円管に巻きつけたうえでゴム手袋をはめた手で握るなどして実施した触感試験を収録したビデオテープであり、甲第二〇号証は、検甲第一号証に収録された試験者の説明内容の翻訳である。

b 検甲第一号証及び甲第二〇号証によって、タフライトを水に浸けた以降の粘着性の程度を時間の経過に沿って観察すると、以下のような状況が認められる。

Ⅰ タフライトを水に浸けてから約一分が経過するころまでは、円管に巻きつけられたテープを手でこすってもテープが離れることはなく、手袋に粘り着く様子がみられない。

Ⅱ その後徐々にタフライトが試験者の手袋に粘り着く様子がみられ、タフライトを水に浸けてから約一分五〇秒が経過したころには、手袋がタフライトに強く粘り着き、手を動かすたびに「ペチャペチャ」という音を発したり、試験者が表面を手でこすろうとしても容易に手が滑らない状況がみられるようになり、その後もその状態が続く。

Ⅲ 約三分が経過したころに、試験者がいったん手に水をつけてから再びタフライトを握ると、前記のように粘り着く様子はみられなくなった。

Ⅳ その後、約四分二〇秒が経過したころになると、再びタフライトが試験者の手袋に強く粘り着く様子がみられ、表面をこすろうとしても容易に手が滑らない状況がみられる。

Ⅴ 約五分三〇秒が経過すると、タフライトが硬化し始め、約七分三〇秒から八分が経過したころに固形化した。

c 以上のとおり、検甲第一号証及び甲第二〇号証の触感試験によれば、タフライトは、水に浸けた後、約一分が経過したころから約五分三〇秒が経過するころまで、試験者のはめたゴム手袋に強く粘り着いて、手で表面をこすろうとしても容易に手を滑らすことができない状況が認められ、右試験の結果によれば、タフライトの樹脂は、これを水に浸けてから患者に適用し成形作業をする際、強い粘着性を示すものであることが窺われる。

この点は、菱レ特許及びタフライトの開発に携わった三菱レイヨン株式会社の技術者が、検甲第一号証をみたうえでの私見として、「実験者がタックがあるといっている時点は、架橋反応が進み粘着性が増加し、層間接着性を高める時間帯である。従って、架橋反応が進行中の段階では、樹脂によるベタつきが発現することは、否めない。」旨述べていること(乙第一五号証)からも裏付けられる。なお、同人は、「含浸後のモデリング作業に必要な時間帯では滑っているように見える。」旨の私見も述べているが、一般に、水硬化性樹脂を用いた固定用包帯を定置させるのに十分な作業時間としては、一分ないし六分であり好ましいのは二分ないし四分であるとされていることが認められるところ(乙第一一号証二八九頁右上欄)、検甲第一号証の実験では、タフライトは水に浸けた後約一分が経過したころから徐々に粘着性が現われ、約一分五〇秒が経過したころには強い粘着性が認められ、以後約五分三〇秒が経過するころまでこのような強い粘着性が持続するのであるから、モデリング作業に必要な時間帯では滑っているように見えるとの前記意見は、措信することができない。

d なお、被告は、検甲第一号証の試験方法に対して、手袋をはめた手でギプス表面を滑らかにし、それが固くなるまでギプスを保持するという成形の作業とは異なり、試験者は、ギプスを握り、両手で挟み、押さえ付けるなどしており、ひたすらタフライトの粘着性を強調するための作為的な方法を用いている旨主張する。

しかしながら、タフライトのパンフレットの使用方法の説明には、「巻き終えたあとのモールディングは、石膏ギプスのようになでないで、手のひらで押さえるようにして下さい。」との記載があり(甲第一九号証)、また、被告製品一のパンフレットにも、「ロールはころがすようにして巻き、モデリングは表面を軽くなで、押しつけるようにすると層間接着も良くなります。屈曲部は押しつける時間を多少長目にします。」との記載があり(甲第二号証の一)、さらに、被告製品一及び二の使用説明書にも、「モデリングは、押しつけるようにすると層間接着もより良好になります。」との記載があること(甲第二号証の二)からすると、水硬化性樹脂を用いたキャスティングテープの一般的な成形方法として、検甲第一号証の試験におけるようなテープを握ったり、押しつけたりする方法が実際の成形作業とはかけ離れた不適切な方法であるとはいえず、右試験の結果を作為的なものとして退けることはできないというべきである。

⑤  以上の検討を総合すれば、本件発明の優先権主張日前に製造されたタフライトについて、これを適用し成形している間、その樹脂が「非粘着性」の性状を有することを認めるに足りる証拠はなく、本件発明の優先権主張日後に製造されたタフライトですら、むしろ、その樹脂が「粘着性」の性状を有することが認められることからすれば、本件発明の優先権主張日前に公知であったタフライトが非粘着性であったということはできない。したがって、タフライトが非粘着性の性質を有することを前提として本件発明における「潤滑材」に水硬化性樹脂の構成成分である物質は含まれないとする被告の主張は理由がない。

(三)  以上のとおり、本件明細書の記載を総合すれば、本件発明における「潤滑材」に水硬化性樹脂の構成成分に当たる物質が含まれないと解すべき根拠はなく、むしろ、そのような物質も「潤滑材」に含まれると解するのが相当であり、他方、被告が公知技術として主張する特許発明ないし製品の存在によって、「潤滑材」に関する右解釈が左右されるものではないというべきであるから、被告の前記主張には理由がなく、本件発明における「潤滑材」には、水硬化性樹脂の構成成分に当たる物質も含まれるものと解すべきである。

三1  請求原因4(三)(1)(構成要件Aの充足性)は当事者間に争いがない。

2  請求原因4(三)(2)及び(3)について

(一) 同4(三)(2)①及び②は当事者間に争いがない。

(二) 被告製品一及び二が同4(三)(2)②のような性状を有することからすれば、被告製品一及び二の水硬化性樹脂は、構成要件Cにおける「非粘着性」の性状を有するものと認められる。

(三)(1) 甲第一七号証によれば、原告の技術者が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている比較例Bと同一の成分からなる樹脂によって被覆されたキャスティングテープと右比較例Bの成分にPEOのステアリン酸エステルを含有させた樹脂によって被覆されたキャスティングテープについて、水に浸けて絞った後、テープをストッキネットで覆った直径二インチのマンドレルのまわりに巻きつけたうえ、適用及び成形している間にその表面をゴム製手袋をはめた手でこすって触感特性を比較する試験を実施したところ、以下のような結果になったことが認められる。

① 「潤滑材」成分を含まない比較例Bと同一の成分からなる樹脂によって被覆されたキャスティングテープの場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分五秒であり、層と層とがラミネート状態からはがれてしまわないように成形したり滑らかにすることができず、強い粘着性がみられ、適用が困難であった。

② 比較例Bの成分に分子量二二〇〇のPEOのモノステアリン酸エステルを4.9重量パーセントの成分割合で含有させた樹脂の場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分二〇秒であり、水に浸けた直後から滑りやすくなり、手袋がテープに粘り着くことなしに表面全体を滑らかにする作業ができ、適用、成形の間非粘着性であった。

③ 比較例Bの成分に分子量四四〇〇のPEOのモノステアリン酸エステルを4.9重量パーセントの成分割合で含有させた樹脂の場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分三〇秒であり、その間の触感特性は、②の場合と同様であった。

(2) 右比較試験の結果によれば、右(1)②及び③の樹脂に非粘着性がみられたのは、それぞれに含有された所定の分子量及び成分割合のPEOのステアリン酸エステルによるものであると推認される。

他方、甲第四号証の一、二、甲第一七号証によれば、被告製品一には平均分子量二九〇〇から三二〇〇のPEOのステアリン酸エステルが、被告製品二には平均分子量二九七五から三四〇〇のPEOのステアリン酸エステルが、いずれも約4.9重量パーセントの成分割合で含有されていることが認められる。そして、被告製品一及び二に含有されている右PEOのステアリン酸エステルは、いずれも、平均分子量の値において前記(1)の②と③との間の範囲内にあり、かつ、成分割合において右②及び③と一致しているのであるから、水硬化性樹脂を非粘着化するという機能においても、右(1)の②及び③の場合と同様であるものと推認される。

(3) したがって、前記(二)のとおり被告製品一及び二の水硬化性樹脂が非粘着性の性状を有しているのは、これに含有されている前記の各平均分子量及び成分割合のPEOのステアリン酸エステルによるものであると推認される。

(四) 以上によれば、被告製品一及び二に含有される前記PEOのステアリン酸エステルは、水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、右樹脂を含むキャスティング材料を適用し成形している間はその樹脂を非粘着性であるようにするものであり、本件発明における「潤滑材」に該当するものと認められるから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件B及びCを充足する。

なお、被告は、本件発明における「潤滑材」には水硬化性樹脂を構成する物質は含まれないとの解釈を前提とし、被告製品一及び二に含有されるPEOのステアリン酸エステルは水硬化性樹脂を構成する物質であるから「潤滑材」には当たらない旨主張するが、前記二2で判断したとおり、被告の右主張は、その前提において理由がない。

3  請求原因4(三)(4)のうち、被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれるPEOのステアリン酸エステルが本件発明の構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むことは当事者間に争いがなく、右PEOのステアリン酸エステルが「潤滑材」に当たることは前記2で認定したとおりであるから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Dを充足する。

4  請求原因4(三)(5)(構成要件Eの充足性)は当事者間に争いがない。

5  請求原因4(三)(6)のうち、被告製品一及び二の水硬化性樹脂に含まれるPEOのステアリン酸エステルが、被告製品一及び二のシート主要面における動摩擦係数が約1.2未満となるような量で存在することは当事者間に争いがなく、右PEOのステアリン酸エステルが「潤滑材」に当たることは前記2で認定したとおりであるから、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件Fを充足する。

6  したがって、被告製品一及び二は、本件発明の構成要件を全て充足するから、その技術的範囲に属する。

四1  請求原因4(四)(1)(構成要件Aの充足性)は当事者間に争いがない。

2  請求原因4(四)(2)及び(3)について

(一) 同4(四)(2)①及び②は当事者間に争いがない。

(二) 被告製品三ないし六が同4四(2)②のような性状を有することからすれば、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂は、構成要件Cにおける「非粘着性」の性状を有するものと認められる。

(三)(1) 甲第一七号証によれば、原告の技術者が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている比較例Bと同一の成分からなる樹脂によって被覆されたキャスティングテープと右比較例Bの成分にPEOを含有させた樹脂によって被覆されたキャスティングテープについて、前記三2(三)(1)と同様の比較試験を実施したところ、以下のような結果になったことが認められる。

① 「潤滑材」成分を含まない比較例Bと同一の成分からなる樹脂によって被覆されたキャスティングテープの場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分五秒であり、その間の触感特性は、前記三2(三)(1)①のとおり粘着性であった。

② 比較例Bの成分に、分子量二〇〇〇のPEOを1.5重量パーセントの成分割合で、また、分子量三三五〇のPEOを5.5重量パーセントの成分割合でそれぞれ含有させた樹脂の場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分二二秒であり、水に浸けた直後から滑りやすくなり、手袋がテープに粘り着くことなしに表面全体を滑らかにする作業ができ、適用、成形の間非粘着性であった。

③ 比較例Bの成分に分子量二〇〇〇のPEOを1.0重量パーセントの成分割合で、また、分子量三三五〇のPEOを3.0重量パーセントの成分割合でそれぞれ含有させた樹脂の場合、テープを水に浸けてから固形化するまでの時間は約三分二五秒であり、その感の触感特性は、②の場合と同様であった。

(2)① 右比較試験の結果によれば、(1)②及び③の樹脂に非粘着性がみられたのは、それぞれに含有された所定の分子量及び成分割合のPEOによるものであると推認される。

② 甲第九号証の一、甲第一七号証によれば、被告製品三には、平均分子量二一〇〇のPEOが約1.7重量パーセントの成分割合で、また、平均分子量三五〇〇のPEOが約6.2重量パーセントの成分割合で含有されていることが認められる。そして、被告製品三に含有されている右PEOは、平均分子量及び成分割合において前記(1)②のPEOと近似しているから、水硬化性樹脂を非粘着化するという機能においても、右(1)②の場合と同様であるものと推認される。

③ 甲第一六号証、甲第一七号証によれば、被告製品四には、平均分子量二〇〇〇から二二〇〇のPEOが約1.5重量パーセントの成分割合で、また、平均分子量三六〇〇から三九〇〇のPEOが約5.3重量パーセントの成分割合で含有されていることが認められる。そして、被告製品四に含有されている右PEOは、平均分子量及び成分割合において前記(1)②のPEOと近似しているから、水硬化性樹脂を非粘着化するという機能においても、右(1)②の場合と同様であるものと推認される。

④ 甲第九号証の二、甲第一七号証によれば、被告製品五には、平均分子量二〇〇〇のPEOが約1.0重量パーセントの成分割合で、また、平均分子量三三〇〇のPEOが約3.0重量パーセントの成分割合で含有されていることが認められる。そして、被告製品五に含有されている右PEOは、平均分子量及び成分割合において前記(1)③のPEOと近似しているから、水硬化性樹脂を非粘着化するという機能においても、右(1)③の場合と同様であるものと推認される。

⑤ 甲第九号証の三、甲第一七号証によれば、被告製品六には、平均分子量二一五〇のPEOが約0.8重量パーセントの成分割合で、また、平均分子量三三〇〇のPEOが約2.8重量パーセントの成分割合で含有されていることが認められる。そして、被告製品六に含有されている右PEOは、平均分子量及び成分割合において前記(1)③のPEOと近似しているから、水硬化性樹脂を非粘着化するという機能においても、右(1)③の場合と同様であるものと推認される。

(3) したがって、前記(二)のとおり被告製品三ないし六の水硬化性樹脂が非粘着性の性状を有しているのは、これに含有されている前記各平均分子量及び成分割合のPEOによるものであると推認される。

(四) 以上によれば、被告製品三ないし六に含有される前記PEOは、水硬化性樹脂の粘着性を低下させ、右樹脂を含むキャスティング材料を適用し成形している間はその樹脂を非粘着性であるようにするものであり、本件発明における「潤滑材」に該当するものと認められるから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件B及びCを充足する。

なお、被告は、本件発明における「潤滑材」には水硬化性樹脂を構成する物質は含まれないとの解釈を前提とし、被告製品三ないし六に含有されるPEOは水硬化性樹脂を構成する物質であるから「潤滑材」には当たらない旨主張するが、前記二2で判断したとおり、被告の右主張は、その前提において理由がない。

3  請求原因4(四)(4)のうち、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれるPEOが、本件発明の構成要件Dのイ、ロ又はハの一又はそれ以上を含むことは当事者間に争いがなく、右PEOが「潤滑材」に当たることは前記2で認定したとおりであるから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Dを充足する。

4  請求原因4(四)(5)(構成要件Eの充足性)は当事者間に争いがない。

5  請求原因4(四)(6)のうち、被告製品三ないし六の水硬化性樹脂に含まれるPEOが、被告製品三ないし六のシー卜主要面における動摩擦係数が約1.2未満となるような量で存在することは当事者間に争いがなく、右PEOが「潤滑材」に当たることは前記2で認定したとおりであるから、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件Fを充足する。

6  したがって、被告製品三ないし六は、本件発明の構成要件を全て充足するから、その技術的範囲に属する。

第三  権利濫用の抗弁について

前記第二の二2(二)で認定したとおり、被告が本件発明の優先権主張日前の公知技術として主張するSアンドN特許には、水硬化性樹脂を用いた整形外科用材料につき、PEOを樹脂の構成成分とするものが開示され、同じく菱レ特許には、水硬化性樹脂を用いた整形外科用材料につき、PEOを含むポリエーテル、ポリオールを樹脂の構成成分とするものが開示されているけれども、いずれも、動摩擦係数に関する開示がなく、適用し成形する間水硬化性樹脂が非粘着性であるように作用する潤滑材であることについての開示もないし、タフライトは、非粘着性ではないから、これらによって、本件発明がその優先権主張日前に公知、公用であったことを認めるに足りないし、他に本件特許権が特許法二九条一項一号及び二号により無効となる事由を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告の右主張には理由がない。

第四  請求原因5(補償金請求)について

一  請求原因5(一)及び(二)は当事者間に争いがない。

二  請求原因5(三)(実施料相当額)について

1  甲第二四号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) わが国における最近の外国からの技術導入における実施料率の推移をみると、昭和六二年には、実施料率八パーセント以上のライセンス契約が一四パーセント、五パーセント以上のライセンス契約が五〇パーセント弱であったところ、平成五年には、八パーセント以上のライセンス契約が二七パーセント、五パーセント以上のライセンス契約が約六〇パーセントに達しており、実施料率の水準が次第に上昇する傾向がみられる。

(二) 外国からの技術導入に当たっての実施料率データを技術分野別に収集した社団法人発明協会発行の「実施料率(第四版)」によれば、本件発明のような医療用具が属する医薬品・その他の化学製品の分野において、昭和六三年度から平成三年度までの四年間における、イニシャルペイメントがない場合の実施料率は、一四一件の契約例で、平均値が5.01パーセント、最頻値が五パーセントであり、イニシャルペイメントがある場合の実施料率は、二一一件の契約例で、平均値が5.93パーセント、最頻値が五パーセントである。右分野において、実施料率八パーセントを超える例が合計で五九例あるが、その大多数は医薬品関係のものであり、そのなかでも製造技術関連のものがほとんどである。

(三) わが国を含む先進諸国(アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、日本、オーストラリア)の主要各社を対象とした最近のアンケート調査(有効回答数四二八)では、各技術分野にまたがった各種ライセンス契約(ライセンスインとライセンスアウトの双方を含む。)におけるランニングロイヤルティ率の平均は、革新的発明の場合で七パーセントから一四パーセント、重要改良発明の場合で四パーセントから九パーセントとなっている。

2 原告は、本件発明をスリーエムヘルスケア株式会社に実施許諾していることを自認しながら、本件発明そのものの実施料を認定すべき証拠を提出しないけれども、前記認定のわが国及びその他の先進諸国における実施料率についての一般的な傾向のほか、本件発明の技術分野、本件発明の内容、従来技術との関係及び被告の侵害行為の態様その他本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すれば、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額としては、売上額の七パーセントと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  以上によれば、原告の補償金請求は、被告による平成元年九月一日から平成五年九月一七日までの被告製品一及び二の売上合計額である一七億六五三〇万六二三九円の七パーセントに当たる一億二三五七万一四三六円(但し、一円未満は切捨て)及びこれに対する平成七年九月二二日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成七年九月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

第五  請求原因6(損害賠償請求)について

一  請求原因6(一)は当事者間に争いがない。

二  請求原因6(二)(実施料相当額)については、前記第四の二認定のとおり、本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額としては、売上額の七パーセントと認めるのが相当である。

三  以上によれば、原告の損害賠償請求は、(1)被告製品一ないし四の平成五年九月一八日以降の売上額と被告製品五及び六の平成六年六月一日から平成七年八月三一日までの売上額との合計額一二億七七三七万二二五六円の七パーセントに相当する八九四一万六〇五六円(但し、一円未満は切り捨て)及びこれに対する不法行為の後であり平成七年九月二二日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成七年九月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払い、並びに、(2)被告製品五及び六の平成七年九月一日から平成八年一二月二四日までの売上合計額八億六三八八万六四六三円の七パーセントに相当する六〇四七万二〇五二円(但し、一円未満は切り捨て)及びこれに対する不法行為の後であり平成九年五月九日付け訴え変更申立書の送達日の翌日である平成九年五月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

第六  結論

よって、原告の本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙部眞規子 裁判官榎戸道也 裁判官大西勝滋)

別紙特許公報<省略>

別紙物件目録<省略>

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